〜「語りべ」からのお知らせ〜
この記事は、バックスファンクラブのオフィシャルメールマガジン、
帰ってきた!「語りべ」通信・第13号 とのコラボ企画です。
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日本全国津々浦々のホッケーファンの皆さん、こんにちは。
突然ですが、問題です!
Q ,先日、明治大学の優勝で、関東大学リーグが全日程を終了しましたが、
アジアリーグに参戦中の国内4チームの中で、
関東大学リーグのO Bが一番多いのは、どのチームでしょうか?
正解は、14人のO Bがいるバックス!
ちなみに、そのあとは、コクド12人、クレインズ7人、王子6人と続きます。
そこで、関東大学リーグO Bが一番多いバックスの選手たちに、
大学時代の思い出を聞いてみました!
「やっぱり4年生の時のインカレ準々決勝ですね」
こう話してくれたのは、早稲田大O Bの
土田英二選手。
土田選手が、この試合を挙げたのには訳があります。
当時、大会4連覇中の明治大と、
準々決勝で顔を合わせた早稲田大は、1点を追って6人攻撃。
残り時間が、あとわずかとなったところで、明治大がパックを大きくクリア。
アイシングかと思われましたが、ホイッスルが吹かれることなくタイムアップ。
このジャッジには、早稲田大が猛抗議。
結局、レフェリーとラインズマンが協議した末に、
ミスジャッジの判定で、リンク中央から試合再開となりました。
しかし、明治大がクリアしたパックが、
早稲田大のゴールラインを越えたのは、19分57秒だったとして、
早稲田大に残された時間は、わずか3秒のみ!
もし、アイシングとジャッジされて、明治大ゾーンからのフェイスオフならば、
残り3秒から、奇跡の同点ゴール!
という可能性もあっただけに、土田選手も悔やまれるところ。
ただ、「川口(選手=コクド)ほど、悔やんでいないですけどね」と笑ったように、
10年経った今では、いい思い出になっているようです。
(ちなみに、土田選手によれば、
当時、キャプテンとして、猛抗議をしたのに受け入れられなかった川口選手は、
今でも、この試合のことを思い出すと、ご機嫌ナナメ になるのだとか…)
ところで、ホッケーファンの皆さんなら、既にご存知でしょうが、
土田選手と
川口寛選手、さらに
春名真仁選手(写真)は同期生!
この3選手は、「三羽ガラス」と呼ばれて大活躍した、
小堀恭之選手(コクド)、
桝川浩司選手(元王子)、
荒沢義寛選手(元西武)の三人と入れ替わって入学してきたため、
「ニュー三羽ガラス」と呼ばれました。
(一説には、自分たちで言っていたというウワサも !?)
早稲田大だけではなく、他校を見渡すと、
明治大には、現在チームメイトとして、
バックスで一緒にプレーしている、
井原朗選手(写真)や、
板橋伸一選手、
煤孫泰司選手(ともに元王子)。
また東洋大にも、
藪野哲史選手(元西武)と、
のちにトップリーグで活躍した選手たちが、ズラリと揃う、
まさに、“ゴールデン・ジェネーレーション”!
それだけに土田選手も、「プレーしていて楽しかったですね」と、
当時を振り返っていました。
その「ニュー三羽ガラス」が卒業した2年後に、早稲田大に入学したのが、
瀬口剛嗣選手(写真)。
瀬口選手と同時に、
酒井隆行選手(クレインズ)と、
神野徹選手(コクド)も入学し、
全員が1年生の春の大会から活躍したことで、
この3人は、「ネオ三羽ガラス」と呼ばれました。
しかし、瀬口選手に言わせると、
「そう言われたのは最初だけで、いつの間にか、そんな風には呼ばれなくなりましたよ」
残念ながら、「ネオ三羽ガラス」の名前は、あまり定着しなかったようです…。
しかし、瀬口選手に大学ホッケーの思い出を聞いてみると、
「4年生のインカレの時に、準決勝で負けちゃったけど、
3位決定戦で、4年生だけのセットでプレーしたのが、いい思い出ですね」と話してくれました。
一緒のセットでプレーをして、
学生生活最後の大会を締めくくった「ネオ三羽ガラス」の3人は、
「やっぱり仲がいいですよ」とのこと。
名前は定着しなくても、「ネオ三羽ガラス」は、今でも健在のようです!
もう一人、大学生活最後の大会となる4年生のインカレを、
「一番の思い出」に挙げたのが、法政大O Bの
松田圭介選手。
当時、キャプテンだった松田選手は、
チームを優勝に導きたい! という思いとともに、
どうしても、トップレベルでホッケーがしたい!
と意気込んで、大会に臨みました。
(松田選手の熱い思いは、
こちらをご覧ください)
残念ながら、
飯村喜則選手がキャプテンだった明治大に、決勝戦で敗れて、
準優勝となってしまいましたが、
「戦力的に厳しいって言われていた中で、決勝も、あと一歩! っていうところまで追い上げたし、
自分の中では、他の大会で優勝した時よりも、充実感がありました」
と松田選手は、振り返ってくれました。
充実していたといえば、何と言っても、
村井忠寛選手。
東洋大4年生の時は、長野オリンピックの代表候補遠征のため、
同期の
鈴木貴人(コクド)選手が、ほとんど不在だったにもかかわらず、
キャプテンとしてチームをまとめて、
関東大学選手権、関東大学リーグ、インカレ の3大タイトルを制覇!
村井選手自身も、大会MVPに選ばれる活躍を見せるなど、
充実した1年を送って、東洋大を卒業。
今度は、その “勝ち運” を、バックスで発揮できるでしょうか?
そんな先輩たちに続けと、
トップリーグを目指して、大学ホッケー界を支えている選手たちには、
ぜひ、いい思い出ができるように、頑張って欲しいですね!
◆every photos by 243