日本全国津々浦々のホッケーファンの皆さん、こんにちは。
昨日の記事でも紹介しましたが、先週、旭川で行われた
「
ジャパンパラリンピック・アイススレッジホッケー競技大会」で、日本代表チームが健闘し、
2010年に行われる「バンクーバー パラリンピック」でのメダル獲得へ向けて、
期待感を高まらせてくれました!
しかし、だからといって、日本のスレッジホッケー界が、順風満帆というわけではありません。
むしろ、解決しなければならない課題が多いのだそうです。
今回の大会を開催するにあたって、文字どおり東奔西走された
日本代表の
青木久和 マネージャーによると、
一番の課題は、「競技人口が少ないこと」だとか。
「病院でのリハビリにも採用されているから、
車イスバスケットをやる選手は多いけれど、
スレッジホッケーの選手は、数えるばかりなんですよ。
競争原理がないと強くならないから、もっと競技人口を増やさないと」
と話してくれました。
競技人口を増やすためには、環境を整えることが絶対条件となりますが、
リンクの数が限られているため、
アイスホッケーと同じように、練習時間を確保するのにも一苦労。
しかも、スレッジホッケーの場合は、選手たちの安全面を考えると、
アイスホッケー以上に、使用できるリンクが限られてしまうという問題もあるようです。
たとえば、たくさんのお客さんに見てもらうために、東京で大会を開こうと思っても、
「東伏見(ダイドードリンコ アイスアリーナ)は、
入口からリンクまで、かなり急な坂になっているので、
選手に万一のことがあったらと思うと、なかなか使えないんです」
という青木マネージャーの言葉どおり、会場探しも容易ではありません。
それに加えて、体育館を借りればO Kという車イスバスケットに比べると、
リンクを借りるのは費用がかかるため、常に金銭面での問題と背中合わせ…。
しかし、そんな逆風も お構いなし!
とばかりに、日本のスレッジホッケー界を、牽引している人がいます。
それは、日本代表の
中北浩仁(こうじん) 監督!
香川県の生まれながら、アイスホッケーに魅了されて、
カナダのノートルダム高校へ留学。
その後、アメリカの大学に進んだ中北監督は、
現在、大手総合電機メーカーに勤務し、世界各国を飛び回っている、
バリバリのビジネスマン!
しかし、そんな多忙な日々を過ごす傍らで、
「こいつら、本当にカワイイ奴なんですよ(笑)」
と言って、日本代表と長野のクラブチームの選手を指導しています。
「レベルアップさせるためには、国際試合を、年間20試合くらいはやらないと!」
と力強く公言する中北監督は、得意の語学力を武器に、
各国の代表チームの関係者と直接交渉して、マッチメイクをするだけでなく、
ご自身が勤める会社の上司の方にも掛け合って、日本代表への支援をこぎつけるなど、
あらゆる面から、スレッジホッケーをサポート。
それだけでなく、
「カナダやアメリカのスレッジホッケーは、アイスホッケー連盟の傘下に入っているので、
今度は、国立代々木競技場か、東京体育館にでもリンクを作って、
日本対カナダや、日本対アメリカの スレッジとアイスホッケーの試合を一緒にやって、
お客さんが いっぱいいる場所で、選手たちにプレーさせてあげたいです!」
という大きなプランの実現へ向けて、動き始めていらっしゃいます。
一方、中北監督の参謀役を務める
青木栄広(よしひろ)コーチも、
「ほとんどの選手が、ホッケーのことを知らずに始めたから、
フォアチェックの練習をする前に、フォアチェックとは何か?
というところから教えないとダメなので、大変ですよ」と苦笑いしながらも、
選手たちの話をする時は、笑顔を垣間見せて、何やら うれしそうな様子。
このように、選手への愛情に満ちた監督とコーチが、
日本代表をメダルへ導こうと、頑張っているのです。
このあと日本代表は、3月にアメリカで行われる「世界選手権」に出場する予定。
日本の実力を考えると、よほどのことがない限り、降格することはないそうなので、
そのまま、来年の「世界選手権」(ノルウェーで開催予定)にも出場できる見込み。
そして今度は、世界選手権での上位進出とともに、
バンクーバー パラリンピックへの出場権獲得を目指して、戦うことになります。
「世界で5番目の力があるんだから、(パラリンピックに)出るのは当然。
狙うのは、あくまでもメダルですよ」(青木マネージャー)
この言葉が示すように、
一次予選突破が当面の目標となる 男子アイスホッケー日本代表(世界ランキング22位)や、
初めての自力出場を目指す 女子アイスホッケー代表(同10位)よりも、
バンクーバーでのメダル獲得への期待が高まる、スレッジホッケー日本代表。
この記事を読んでくださったホッケーファンの皆さん、
“一番メダルに近い日本代表” のことを、ぜひ、記憶にとどめておいてくださいね。
今から2年後、きっと彼らの胸には、
輝かしいメダルが、掛けられているに違いありません!
◆photo supported by
KOJI HACHIYA