日本全国津々浦々のホッケーファンの皆さん、こんにちは。
日光霧降アイスアリーナで開催されていた「
ソチオリンピック男子一次予選」は、
昨夜の試合をもって、全日程が終了しました。
皆さんもご存知のとおり、3位に終わってしまった日本は、
残念ながら出場権を獲得できませんでしたが、
最終戦終了後、スタンドのファンからは、健闘を称える大きな拍手が送られました。
日本の戦いについては、既に多くのところで伝えられていますので、
「語りべ」通信では、趣を異にして、すっかりご無沙汰の(汗)
“LOVE HOCKEYな人たち” シリーズ vol.12 と銘打って、
男子日本代表に勝るとも劣らぬ大健闘で大会を支えた、もう一つの日本代表を紹介します。
それは、
オフィシャル フォトグラファー の大役を担った皆さんです!
日光まで足を運べなかった皆さんや、
観戦されたあとに、詳しい結果をチェックされた方の多くは、
国際アイスホッケー連盟(IIHF)のオフィシャルサイトを、ご覧になったでしょうが、
全試合の結果や各データなどともに掲載されているフォトギャラリーや、
レビュー記事の写真を撮影されたのが、こちらの ↓ お三方です!
まず向かって右側で、笑顔を見せて下さっているのが、
内ヶ崎誠之助 (うちがさき せいのすけ) 氏。
昔からホッケーを応援されているファンの人には、お馴染みでしょうが、
「アイスホッケーマガジン」誌では、
表紙を飾るなど、メインの写真を撮影されていたのとともに、記事やエッセイも執筆。
また、外国人選手が再解禁された「第30回 ・日本リーグ」以降、
今季の「アジアリーグ」に至るまで、
オフィシャルプログラムの責任編集者としても、ご活躍中です。
カナダをベースに撮影と取材をされていらっしゃる内ヶ崎氏は、
NHLをはじめ、世界のホッケー事情にも精通されていますが、
ホッケーのみならず、様々なスポーツの現場を見続け、
「オリンピック」やサッカーの「ワールドカップ」といった、
ビッグイベントも、長年にわたり撮影されています。
世界中で撮影をしてきた豊富なキャリアは、まさにスゴイ! の一言で、
先日「語りべ」も、サッカーの撮影で訪れた南米での移動の話などを、
楽しく聞かせてもらいました。
続いて、中央に写っているのは、
山中美光 (よしみつ)氏。
同期生だった星野好男氏(元国土計画CF オリンピック3大会出場)の、
プレー写真を撮り始めたのをキッカケに、
ホッケーの撮影に、のめり込んでいったという山中氏は、
ご当地の日光で、写真館を営みながら、古河電工の試合を撮影。
その写真からは、“ホッケー愛” と “古河愛” が、にじみ出ていて、
「山中さんに撮ってもらうと、格好良く見えるんですよ!」
と当時の選手たちが、口を揃えていたほどでした。
1999年にチームが活動停止になった際には、
「古河電工よ、永遠に…」 のメモリアルビデオが販売され、、、
「語りべ」も企画・制作や、ナレーションに携わりましたが、
約90分に及ぶ本編の中で、
“日光のアイスホッケーの母” と選手たちから呼ばれていた
菱沼弘子 氏とともに、
チームに所属した人以外で出演していただいた、二人のうちの一人。
現在は場所を移して
フォトスタジオ和楽 のオーナーカメラマンであるとともに、
アイスバックスのオフィシャルフォトグラファーとしても、撮影を続けていらっしゃいます。
最後に、一番左にいらっしゃるのが、
小林正芳 氏。
前出の山中氏のアシスタントを務めるなどして、腕を磨かれた小林氏は、
栃木県アイスホッケー連盟からの依頼を受けて、記録写真を撮影されているだけでなく、
スポーツ以外の各方面でも、腕前を披露されています。
にもかかわらず、とっっっても腰の低い方で、
「語りべ」ごときにまで、いつも気をつかってくださる、
心優しきフォトグラファー!(笑)
とは言っても、仕事に対しては厳しい方で、
今大会中には、車のクラッチが効かなくなってしまった!
というアクシデントが発生したにもかかわらず、
「代車の手配が間に合わなかった」と言って、
クラッチの効かない車で、宇都宮市内のご自宅から、霧降アリーナへ。
試合後には、宇都宮市内のホテルへ戻る「語りべ」を、
クラッチの効かないままの車に乗せて送ってくださった !!!
本当に心優しい方なのです〜(笑)
この三人が、どういう経緯で、オフィシャルカメラマンに任命されたのかと言うと、
まず、これまでも同様の役割を担われたことがある内ヶ崎氏へ、
大会を主管する日本アイスホッケー連盟(日ア連)から、オファーがあったそうです。
しかし、内ヶ崎氏は「日光で行われる大会なのだから」と言って、
山中氏と小林氏も、オフィシャルフォトグラファーに加えて欲しいとリクエスト。
日ア連からは、快諾を得たものの、、、
ギャランティーは一人分の予算のままだったため、
内ヶ崎氏は、自らの報酬を三等分。
逆に、日光市内にお住いの山中氏は、ホテル代の負担をなくすために、
内ヶ崎氏を自宅に招き、宿泊先を提供されたそうです。
こうして結成された
“オフィシャルフォトグラファーのチームジャパン” は、
大会の二日前から、参加4ヶ国の集合写真を撮影する仕事から始動しましたが、
今度は、こちらの写真 ↓ を、ご覧ください。
写真は、一般滑走用の貸靴スペースを改装したメディアルームですが、
まず仕切りの壁の向こう側に写っているのは、メディアのワーキングスペース。
日本の試合が終了すると、右側奥に見える広告ボード前の逆向きになっているイスに、
マーク ・マホン ヘッドコーチと、対戦国の監督がやってきて、
記者会見が開かれます。
続いて、注目していただきたいのは、手前にある横に並んだ机。
いささか手狭な感じがするこの机が、
オフィシャルフォトグラファーの皆さんの仕事場所!
自らで撮影した
福藤豊 選手の練習風景や、各国の集合写真の真下は、
パソコンやお菓子などで雑然としていますね。。。。
(あまり散らかっていないな時を見計らって撮影をしましたが…)
もっとも、それもやむなしなのです!
なぜなら、試合の撮影だけすれば、それでOKというわけでなく、
定められたフォーマットに直した写真に、キャプションやクレジットを記して、
ピリオド終了ごとに、大会のオフィシャルサイトへアップしていくのに加え、
IIHFが資料用に保管する写真もセレクトして、
ディスクに書き込む作業も行わなくてはならず、猫の手も借りたいほど大忙し!
大会期間中は、朝8時過ぎにはリンクへやってきて、
仕事を終えるのは、夜11時頃。
マホン ヘッドコーチは、
「(初戦の開始から)50時間で、3試合を戦わなくてはならないハードスケジュール」
だと会見で話していましたが、
オフィシャルフォトグラファーの皆さんは、「50時間のうち、40時間近く」ほどを、
紹介した仕事場所で、過ごしていらっしゃいました(苦笑)
その甲斐あって、あらためて
オフィシャルサイトの Photo Galleryを見返すと、
オリンピックを目指した激しい戦いを、思い返させる写真ばかり!
IIHFが定めたインターナショナルブレイクには、日本の他にも、
男子は、
ハンガリーと、
ウクライナで。
女子も、
中国と、
ラトビアで。
それぞれ一次予選が開催され、Photo Gallery がアップされていますけれど、、、
同じようなポジションから撮影した写真だけだったり…。
IIHFが定めた「1試合につき10カット以上15カット以下」に満たされていなかったり…。
同様に定められた写真のキャプションやクレジットがなかったり…。
見比べてみると、日本のフォトギャラリーが、群を抜いていると思いませんか?
丁寧で質の高い仕事ぶりは、世界中から認められている日本ですが、
“オフィシャルフォトグラファーのチームジャパン” の素晴らしい仕事ぶりには、
ホッケーファンの皆さんも、何だかうれしい気持ちになってしまいますね!
内ヶ崎さん、山中さん、小林さん、「ご苦労さまでした !!」
〜「語りべ」より〜
大会期間中にも何度かあったそうですが、
IIHFのオフィシャルサイトのサーバーに不具合があり、
紹介したページや、写真が見られない時がある模様です。
見られない時は、お時間を置いたり日を改めてから、ご覧ください。